HOME > JOURNAL > Vintage > Apparel > 軍服から進化したトレンチ・コートと名優ハンフリー・ボガートの謎を紐解く

Apparel | Vintage

軍服から進化したトレンチ・コートと名優ハンフリー・ボガートの謎を紐解く

「ヴィンテージ」とは本来、「ワインの当たり年」のこと。つまり2025年の葡萄の出来が良く、美味しいワインが醸造できたなら、将来、それは「2025年はヴィンテージだったね」といわれることになるのです。そんなワインの当たり年になぞらえ、さまざまなプロダクトや工芸品においても、特に良くできたものには年代の古さや新しさに関係なく「ヴィンテージ」と呼ばれるべき資格があるのです。ここでは私がこれまでコレクションしてきたアイテムを取り上げ、なぜそれがヴィンテージなのか? ヴィンテージと呼ばれるアイテムが備えるべき要素とは何か? という素朴な疑問を解き明かしていきたいと思います。そこで第一回は私が愛用する1940年代製と推定されるバーバリーのトレンチ・コートについて紹介します。

第一次世界大戦の塹壕戦から生まれたトレンチ・コート

数あるメンズ・コートの中で、もっとも有名なのがトレンチ・コートではないでしょうか? このコートが大量に生産され、戦争で使用されたのが1914年に欧州ではじまった第一次世界大戦でした。この戦争ではトレンチ、つまり陣地に掘られた塹壕を使って戦う「塹壕戦」が多く、そこで寒さや雨、土砂の流入から身を守るために、フロントがダブル・ボタンで前合わせが深いトレンチ・コートが多用されたのです。

実際には、それ以前から同型のコートがあったようですが、このスタイルがクローズアップされ、一般大衆にも広く浸透した契機が第一次大戦の塹壕戦だったため、以後、この名で呼ばれるようになりました。

トレンチ・コート役者ハンフリー・ボガート登場

やがて1939年に第二次世界大戦が勃発。このときにもトレンチ・コートは軍用品として各国に採用され、戦後は放出品として出回ると同時に一般向けにも作られて普及していくのですが、ここで大きな役割を果たしたのが「ボギー」の愛称で知られたアメリカの俳優ハンフリー・ボガートでした。

ボギーは1899年ニューヨーク生まれの俳優。1930年代からギャング映画に出演しはじめ、1940年代には主演を務める人気俳優となります。このボギーの人気を決定づけたのが、1941年の「マルタの鷹」など、私立探偵が活躍するハードボイルド映画でしたが、これらの作品の中でボギーはトレンチ・コートを粋に着こなし、ハードボイルド=トレンチ・コートという印象を植え付けたのです。

これがボギー愛用のトレンチ・コート?

ただ、実際にボギーの主演映画を見ると、思ったほど多くのシーンでトレンチ・コートを着用しているわけではないようです。実際にはダブルやシングルのウール・コートを着ている場面のほうが多いくらいで、「ボギーといえばトレンチ・コート」というイメージを定着させたのは大量に流布した映画宣伝用のスチール写真だったように思います。

その証拠のひとつが、1976年に芳賀書店から出版された「シネアルバム40 ハンフリー・ボガート ボギー! ハードボイルドの魅力」という一冊。この表紙にはご覧のようにトレンチ・コートを着たボギーの写真が使われています。この写真がいつ撮られたものかを調べたところ、どうやら1951年に公開された「モロッコ慕情(原題:Sirocco)」のときのようです。しかも、このコートを着用したボギーの写真には別カットもあり、相当、着込んでいたらしいことも、そのヨレ具合から推察できます。そうなると、このコートが一体、どこ製なのかが気になりますよね? でも、それはこれまで誰にもわからなかったのです。

実際、以前に雑誌でトレンチ・コート特集をした際、バーバリーの広報部に行って「何か昔の写真を貸してください」とお願いすると、このボギーの写真が出てきたことがありました。ところが別の企画でアクアスキュータムに貸し出しに行き、「何か古い写真は?」というと、やはりこの写真が出てきたりしたのです。つまりトレンチ・コートの二大メーカーですら、「ボギーが着用していたのは当社の製品」となんとなく考えていた程度だったわけです。

しかし、ここに動かぬ証拠があります。それが、私が所有する古いバーバリーのトレンチ・コートが、この写真でボギーが着用しているコートにそっくりなことなのです。

まだまだ終わらないボギーのトレンチ・コート研究

ポイントは、襟の両サイドにピョコンと飛び出たボタンです。最初、ボギーのこの写真を見た時、私は襟のボタンが何だかわかりませんでした。ところが古着屋でこれを見つけて写真と見比べたところ、それがウールのライナーを留めるためのボタンだとわかりました。

しかも、この写真ではライナーを付けていますが、他の写真でははずしている場合もあります。そこからボギーはこのコートを衣装としてではなく、日常生活でその日の天気に合わせて着用していただろうということもわかったのです。

しかも、私が所有しているコートのラベルには、バーバリーのロゴの下にアバクロンビー&フィッチと記されています。これはバーバリーが世界の重要取引先のためにダブルネームのラベルを作製し、それを縫い付けて卸したということの証明。アバクロンビー&フィッチは今でこそセクシーさを売りにしたカジュアル・ブランドですが、かつては上質なハンティングやフィッシング、それに付随するキャンピング・グッズやウェアを販売する超高級アウトドア・ショップでした。

ですから英国のバーバリーがアメリカにおける重要取引先としてダブルネームのラベルを貼り付けるもの当然です。そしてボギーの写真にもあるように、襟の付け根の両側にボタンが取り付けられています。ここにライナー用のボタンがあったのは、私の推測ですが、おそらく1940年代いっぱい頃まで。戦後、ボタンはもっと内側に移動し、表からはライナー装着部が見えないようになりました。

この仕様とディテール、スタイル、ラベルの書体、そしてボギーの写真の撮影年度をあわせて考えると、このコートは1940年代ぐらいに製造されたものではないかと思われます。

実際、このコートを着用するとライナー用ボタンだけでなく、襟の付け根のクニッとしたヨレ具合までボギーの写真にピタリと符合します。

さて、そうなるとさらに気になるのがボギー主演の名作「カサブランカ」で彼が着用したトレンチ・コートのこと。しかし、この映画のコートはバーバリーでもアクアスキュータムでもなかったのですが、それはまた別の機会にお話したいと思います。

 

LATEST

全ての記事を見る